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息子の勉強を見る

 このBlogでは家族のことを書いたことはほとんどなかったと思う。書くことではない、という感じだった。今日は少し書いてみたい。

 私の長男は今、中学一年生だ。中学受験して、今は本人が気に入った中学に通うことができている。中学受験は、私の仕事の都合もあって、塾を使って準備することができなかった。受験勉強としてやったのはZ会の通信教育。Z会は素晴らしい教材で、これをやりきれれば難関校だって受かると思う。ただし「やりきれれば」だ。僕の視点から言えば、あれを「やりきる」ことは相当にレベルが高い。レベルが高い、というのは、子供のレベルというか、子供の努力、精神力などとともに、親の覚悟のレベルも高く要求されると思う。

 いや、塾だって相当にレベルが高いし、そのようなことを「やりきった」子供たちが、そして、「やりきった」親たちが、合格を勝ち取るのだろう。長男は塾には行っていない、だから比較してZ会は云々とは語れない。ただ、私の実感として大変だったとは言える。

 この大変さのことはまた機会があれば述べたいと思うが、そうして息子は中学に入った。私が息子に期待していた、あるいは息子にこうなるようにと思って今までやってきたことは、中学に入った後に失速しないことだ。中学に入って勉強に燃え尽きてしまっては困る。今までの小学校ではクラスの中ではとても優秀な成績だっただろうけれども、中学は中学入試をくぐり抜けてきた優秀なお子さんばかりだ。そんな中で真ん中やそれ以下の成績をとったとして、そのような成績になることは構わないが、そのせいで「諦めてしまう。」とか「自暴自棄になって」勉強しなくなるのは困る。そういう意味での失速だ。

 中学では勉強法は中学受験とは異なってくる。絶え間なくやってくる、小テスト、そして定期考査。その間に発生する楽しい学校のイベント。文化祭、体育祭。部活だって忙しい。課題だって毎日たくさん出る。その中でどのように勉強するのか。定期考査にどのように備えるのか、は、今までの中学受験の方法から類推するのは難しい。

 だから、一学期の中間試験から期末試験にかけて長男に指導した。いかに勉強するのか。私の勉強法でやっても私並みにしかならないわけだから、あまりロクでもない指導法だが、中学一年の初めとしてはいいんじゃないか、と思って教えた。内容を教えたというよりは、勉強法を教えた。だから、息子は反抗するし、むくれるし、大変だった。何度も「そんなに言うこと聞かないなら勝手にすればいい。」と叱った。

 その結果か、一学期の期末ではおおよそ自分で準備して期末考査を受け、今、二学期の中間考査の勉強もほとんど自力で考えて勉強している。私は勉強の進捗も見ない。ただ声がけしているだけだ、今は。

 それで成績が下がるのか上がるのか、は分からないし、それは私にとってはあまり重要なことではない。重要なのは、自分で考えて勉強して、その結果から次の勉強法を少しでも改善できる、と言うことだ。

 と言いながらも、正直に言えば少し寂しい気もする。勉強の中身、あるいは勉強法をねえねえと尋ねてくる息子、反抗的な態度をとる息子、そんなことが少し遠くなったのかもしれないな、と感じた。これが成長だし、私自身が期待していることでもある、でもな、と。

 なんて感傷に浸っていても、次は次男だ。次男がすぐにやってくる。こちらも少しでも改善してより良い方法を編み出せないようじゃ、ダメ父親だ。